銀貨1枚で売られた没落令嬢、隣国の王太子に溺愛されるまで~

🌙没落令嬢 🌙溺愛 🌙逆転 🌙鑑定 🌙王太子 🌙ざまぁ 🌙ハッピーエンド 🌙毒見役

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「この娘の値段は、銀貨1枚だ。……それ以上は、1レアルたりとも払わんぞ」

 埃の舞う実家の広間で、継母が吐き捨てるように言った。

 私の前に放り投げられたのは、縁が欠け、黒ずんだ、たった1枚の銀貨。

 それが、かつて侯爵令嬢と呼ばれた私、エルナの取引価格だった。

「お母様、銀貨1枚だなんて、この不器用な姉様には高すぎるくらいですわ」

 義妹のセシルが、扇子で口元を隠しながら高く笑う。

 父が亡くなり、家が没落してからというもの、私はこの家で「無能な飯食い」として扱われてきた。

 そして今日、私は隣国の王太子――『死神』と恐れられるジークフリート殿下のもとへ、毒見役として売られることになった。

 私は黙って、床に落ちた銀貨を拾い上げた。

 冷たく、硬い感触。

 普通の令嬢なら泣き崩れる場面だろう。

 けれど、私には特殊な「眼」があった。

 物の成分や本質、そして『真の価値』を見抜く、絶対鑑定の眼。

(……この銀貨、銀の含有量はわずか三割。中身はほとんどが安価な銅ね。私の価値をこれほど低く見積もったこと、いつか後悔させてあげる)

 私は一度も振り返ることなく、迎えの馬車に乗り込んだ。

***

 隣国・ゼノスの王宮は、どこか冷ややかで、静謐な空気に包まれていた。

 案内された晩餐の席。

 そこに座っていたのは、眩いばかりの銀糸の髪を持つ男だった。

 ジークフリート・ゼノス王太子。

 氷の結晶を閉じ込めたような銀色の瞳が、冷徹に私の眼を射抜く。

「……お前が、銀貨1枚で売られてきた毒見役か」

「はい。エルナと申します、殿下」

 ジークフリート殿下は、手元にあった一本の銀の匙(さじ)を、無造作に私の前のテーブルへ投げ出した。

「今日から、俺が口にするすべてのものに、その匙を通せ。銀が曇れば、毒がある証拠だ。……もしお前が毒を見逃せば、その時はお前の命で償ってもらう」

 私は黙って、その銀の匙を手に取った。

 ずっしりとした重み。

 だが、私の眼はすぐに違和感を捉えた。

(……おかしい。この匙、ただの銀じゃない)

 表面には、特殊な魔導加工が施されている。

 特定の毒に反応して曇るのではなく、「特定の波長の光を当てた時だけ、毒がないのに曇る」ように細工されていた。

 つまり、これを持たされた毒見役は、いつでも「無実の罪」で処刑できる。

「殿下。この匙は……」

「黙って仕事をしろ。不快な匂いのする食事だ。……始めろ」

 殿下の前には、豪勢なスープが置かれている。

 私は慎重に、銀の匙をスープに浸した。

***

 晩餐会が始まって数日。

 私は確信していた。

 殿下の周囲には、毒を盛る者よりも、毒があるように見せかける者が多い。

 彼はそのせいで、誰も信じられず、孤独という名の氷の中に閉じ込められている。

「殿下。今日のスープには、毒はありません。……ただし、この匙を使うのはおやめください」

 ある夜、私はついに進言した。

 ジークフリート殿下の手が止まる。

 銀色の瞳が険しく細められた。

「……お前は死にたいのか?俺が命じた道具に、ケチをつけるとは」

「この匙には、あなたの命を守る力はありません。むしろ、あなたから真実を奪う呪いがかけられています」

 私は懐から、自分が磨き上げた別の銀の匙を取り出した。

 それは、殿下の宝物庫に眠っていた、古い、けれど純度の高い「本物」の銀。

「これを通してください。もし私の眼に狂いがあれば、今すぐこの首を撥ねていただいて構いません」

 静寂が室内を支配する。

 ジークフリート殿下は、私の真っ直ぐな視線を数秒間受け止めた後、鼻で笑って私の匙を奪い取った。

 結果は明白だった。

 私が用意した匙は、一点の曇りもなく輝き続けた。

 その直後、給仕たちが血相を変えて逃げ出そうとし、潜んでいた近衛騎士たちに取り押さえられた。

 彼らが用意していた「匙を曇らせるための仕掛け」が、私の鑑定眼によって暴かれたのだ。

「……銀貨1枚の価値しかないと言われていたが。お前は、この国の鑑定士の誰よりも鋭いな」

 ジークフリート殿下が、初めてわずかに口角を上げる。

 彼の手が、私の頬に触れる。

 その指先は冷たいけれど、どこか熱を帯びていた。

「エルナ。お前はもう、毒見役ではない。俺の隣で、すべての嘘を暴く『銀の鏡』となれ」

***

 それから数ヶ月。

 私は隣国の『聖女』、あるいは『賢公妃』として、殿下の隣で多忙な日々を送るようになっていた。

 殿下からの溺愛は凄まじく、私の寝室には、世界中から集められた最高の銀製品と、そして彼自身からの甘い抱擁が毎日欠かさず届けられた。

 そんなある日。

 私の実家から、一通の厚かましい手紙が届いた。

『エルナを返せ。あれは実は、我が家の秘蔵っ子だったのだ。買い戻すための金を用意する』

 手紙を持って現れた継母と義妹は、豪華な王宮の応接室で、欲にまみれた顔をして私を待っていた。

「エルナ!あなた、こんなに良い暮らしをして……!さあ、早くお父様の遺産を返しなさい。そうすれば、また家に戻してあげてもいいわよ」

「姉様、その銀の髪飾り、素敵ですわね。私に寄越しなさい!」

 私は溜息を吐き、隣に座るジークフリート殿下を見た。

 殿下は、かつてないほど冷酷な笑みを浮かべていた。

「……買い戻す?貴様ら、自分の口にした言葉の意味がわかっているのか」

「は、はい!もともとは私たちの所有物ですから……」

 殿下は懐から、汚れた1枚の銀貨を取り出した。

 それは、私が売られた時に投げつけられた、あの日の、あの欠けた銀貨だった。

「エルナを譲り受けた時、契約書にはこうあった。『銀貨1枚分の価値を譲渡する』とな。……よし、認めよう。エルナの価値は、銀貨1枚だ」

 継母たちの顔が、一瞬で明るくなる。

 だが。

「……ただし。彼女が俺の命を救い、この国にもたらした利益は、今のところ銀貨にして一億枚を下回らない。彼女を連れ帰りたければ、まずはその一億枚の損失を補填してからにしろ」

 殿下の銀の瞳が、死神のそれへと変わる。

「払えないのであれば、貴様ら自身を銀貨1枚分の労働力として、鉱山へ売り飛ばすことになるが……。どうする?」

 継母と義妹は、悲鳴を上げて逃げ出していった。

 二度と、彼女たちが私の前に現れることはないだろう。

***

「……よかったのですか?一億枚なんて」

 誰もいなくなった応接室で、私は苦笑いしながら殿下を見上げた。

 ジークフリート殿下は、私の腰を引き寄せ、耳元で甘く囁いた。

「一億枚でも足りないな。俺の心臓を動かし続けているのは、お前だ。……世界中の銀をかき集めたとしても、お前の価値には届かない」

 殿下が、私の左手薬指に、細工の美しい銀の指輪を嵌める。

 それは、どんな宝石よりも澄んだ輝きを放っていた。

~fin~

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