🌙人外 🌙溺愛 🌙生贄 🌙ファンタジー 🌙銀髪 🌙執着 🌙独占欲 🌙官能
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その夜、空には見たこともないほど巨大な銀色の満月が浮かんでいた。
深い霧に閉ざされた聖域。
村の祭壇に縛り付けられた私(リア)は、肌を刺す夜風に身を震わせていた。
私は、村を災厄から守るための「供物」
数世紀に一度、この森の奥に棲む『銀狼王』(ぎんろうおう)に、年頃の娘を捧げなければならない。
連れ去られた娘は二度と戻らず、獣に喰らい尽くされる――それがこの村の、残酷な言い伝えだった。
(せめて、ひと思いに殺してほしい……)
死を覚悟し、瞳を閉じたその時だった。
霧の向こうから、地響きのような唸り声が聞こえてきた。
現れたのは、夜の闇を裂くように輝く、銀色の毛並みを持つ巨大な獣だった。
月光を反射するその体躯は、恐ろしいほどに神々しい。
獣は私の前に立つと、金色の瞳で私を品定めするように見つめた。
「お前か。今宵の獲物は」
響いたのは、獣の咆哮ではなく、低く、鼓膜を震わせるような男性の声。
驚きで目を見開く私の前で、獣の姿が歪み、形を変えていく。
眩い光が収まったあと、そこに立っていたのは、腰まで届く長い銀髪をなびかせた、この世のものとは思えないほど美しい男だった。
「ひっ……」
「案ずるな、小娘。食い殺したりはせぬ。……もっと深く、お前のすべてを『喰らう』だけだ」
男は私の縛めを鋭い爪で断ち切ると、抗う間もなく私を抱き上げた。
彼の肌は氷のように冷たいのに、触れられた場所から、火傷をしそうなほどの熱が感じられた。
***
連れて行かれたのは、森の最深部にある、結晶でできた銀色の宮殿だった。
天井も壁も、すべてが磨き上げられた銀のように輝き、私の怯える姿を四方八方から映し出している。
彼は私を、ふかふかの毛皮が敷き詰められた寝台に放り投げた。
「……殺さないなら、私をどうするつもりですか?」
「言ったはずだ、喰らうと。……我が一族の血を繋ぐため、お前を俺の『番』(つがい)として刻む」
銀髪を散らし、彼は私の体の上に覆いかぶさった。
逃げようとしても、強靭な腕がそれを許さない。
彼の指先が私の頬をなぞり、そのまま首筋へと降りていく。
「拒んでも無駄だ。お前はもう、人間ではない。銀の獣に選ばれた、俺だけの獲物なのだから」
彼は私の鎖骨に、鋭い牙を立てた。
痛みと、それ以上に脳を痺れさせるような甘美な痺れが走る。
彼が私の血を吸い上げるたび、私の体の中に、彼と同じ「銀色の魔力」が流れ込んでいくのがわかった。
「……あ、っ……」
「良い声だ。骨の髄まで、一滴も残さず俺の色に染めてやろう」
その夜から、狂おしいほどに甘い蜜月が始まった。
彼は私に、銀色の雫が滴る不思議な果実を与え、何度も何度も、喉を鳴らす獣のように私を慈しみ、抱いた。
恐怖はいつしか消え、私は彼の銀色の瞳に見つめられるだけで、熱に浮かされるようになっていった。
***
ある夜、静寂に包まれた宮殿に、無粋な足音が響いた。
村の男たちが、松明と槍を手に、私を奪還しに現れたのだ。
「リア!今助けてやるぞ!その化け物を殺して――」
男たちの声に、私の隣で眠っていた彼が、瞬時に瞳を見開いた。
彼の姿が再び、あの巨大な銀の獣へと変わる。
「……愚かな。俺の獲物に、泥に汚れた手を触れようとするか」
銀狼王は咆哮を上げ、侵入者たちを文字通り、一蹴した。
圧倒的な力。容赦のない暴力。
血の匂いが漂う中、私は恐怖ではなく、その猛々しい姿に、言いようのない安心感を覚えてしまう。
男たちが逃げ出したあと、彼は再び男の姿に戻り、震える私を背後から抱きしめた。
「……人間の元へ戻りたいか?」
彼の問いに、私は首を振った。
彼の銀髪に顔を埋め、その冷たくて甘い匂いを吸い込む。
「いいえ。……私を、もっと喰べてください。あなたの色に、染めてください」
私の言葉に、彼は喉の奥で低く笑った。
その笑みは、残酷なほどに美しく、そして深い色気に満ちていた。
***
窓の外では、今宵も銀色の月が、私たちを祝福するように照らしている。
かつて私を震え上がらせた「銀色の獣」は、今では私に、誰よりも甘い蜜を与えてくれる唯一の主。
私は、彼の腕という名の檻の中で、一生を過ごすことを決めた。
「愛している。俺の獲物よ」
耳元で囁かれるその言葉は、どんな魔法よりも強く私の心を縛る。
彼の牙が再び、私の肌に深く食い込む。
それは痛みではなく、永遠に彼から離れられないという、ぞっとする刺激だった。
銀色の月夜が明けることはない。
私は今夜も、そしてこれからもずっと。
美しき銀の獣に、戦慄の中で喰べられ続けていくのだ。
~fin~
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