20

 私を守る盾となるように、彼はその逞しい体で私を完全に覆い隠した。

 そして巨大なシャンデリアが轟音とともに激突。

 私を庇い、その直撃を背中で受け止めたアルフォンス様の衝撃が、彼を介して柔らかな振動となり私に伝わる。

「……アルフォンス様っ!」

 悲鳴が漏れる。

 肝を潰すとはこのことか。自分の不注意のせいで彼に怪我をさせてしまったという、死ぬほどの罪悪感に瞬時に襲われる。

 だが、アルフォンス様は何事もなかったかのように、穏やかな微笑みさえ浮かべて言った。

「私は大丈夫だよ」

 その言葉に嘘はなかった。

 アルフォンス様は自分を襲った重厚なシャンデリアを、ただ俯いた姿勢を正すというごく自然な動作だけで、紙屑でも払うかのように退けたのだ。

 そのまま彼は私を支え、立ち上がらせてくれる。

「アルフォンス様、なんてことを……大丈夫なのですか? お怪我は……」

「平気だよ。これくらい、蚊に刺されるより痒くもない。それより、エルナは?」

「私はもちろん、アルフォンス様のおかげで……」

 言いかけて、私は不意に顔をしかめた。

 足首から鋭い激痛が走ったからだ。

 見下ろせば、転んだ拍子に裂けたのか、ふくらはぎのあたりに一筋の赤い線が引かれていた。

 だが、血が滲んでいる程度で重症ではない。安心させようと「少しかすっただけです」と説明しようとした私の唇が、凍りついた。

 アルフォンス様の表情が、劇的に変貌したからだ。

 彼が私を抱き寄せる。

 昨夜のダンスホールで抱かれた時よりも、その腕ははるかに硬く、冷たい。

 息苦しさを感じるほどの抱擁だったが、放してほしいという言葉は出なかった。

 あんなに深く澄んでいた彼の瞳が、今は紅蓮の色に変色していた。

 そのあまりの恐ろしさに、私は声も出せない。

「いくら母上とはいえ……」

 アルフォンス様が、未だに髪を蛇のように波打たせているグレース様を凝視する。

 その低い声には、先ほどまでの余裕など微塵も感じられない。

 刹那、アルフォンス様の周囲に、今まで感じたことのない異質なエネルギーが渦巻き始めた。

 彼の黒く艶やかな髪が、まるで水中にいるかのようにふわりと浮き上がり、足元から吹き上げる冷気がその衣を揺らす。

「母上!」

 アルフォンス様が、母へと向かって鋭く叫んだ。

「どうか、落ち着いてください。私は貴女を傷つけたくはない!」

 すると、俯いたまま顔を隠していたグレース様が、ゆっくりとおもむろに顔を上げた。

 本来は漆黒であったはずの彼女の瞳もまた、アルフォンス様と同じ鮮血のような赤に発光している。

 だが、その光度はアルフォンス様のそれよりも遥かに禍々しかった。

「……言うようになったじゃないの、息子よ」

 グレース様が地を這うような低い声で言った。

「あなたに魔法のいろはを教えたのは、一体誰だと思っているのかしら?」

 敬語は消え、そこにあるのはただの言うことを聞かない息子に対する、剥き出しの怒りだけだった。

「もう、子供の頃の私ではありません」

 アルフォンス様もまた、反抗心を隠そうとはしなかった。

「母上の魔力は確かに強大だ。ですが、今の私を凌駕することは叶わないでしょう」

「……ならば、試してみるがいいわ!」

 グレース様の体が地面から離れ、緩やかに宙へと浮き上がった。

 彼女が片手を掲げ、鋭い指先を私たちに向ける。

 瞬間に、彼女の手から猛烈な火炎の渦が放たれた。

 それは単なる炎の礫ではなく、あらゆるものを焼き尽くさんとするエネルギーの奔流となって迫り来る。

 対するアルフォンス様は、即座に私と自分を囲むように、半球状の氷のシールドを展開した。

 押し寄せる火焔の熱気が、シールド越しに肌を焦がすような熱を伝えるが、直後にアルフォンス様の放つ絶対零度の冷却が、周囲を急速に極寒の世界へと塗り替えていく。

 灼熱と極寒が衝突し、空間が悲鳴を上げる中、グレース様の憤怒に満ちた叫びが響き渡った。

「その不届きな小娘ごと、あなたの分別のない情熱を灰にして差し上げましょう」

 アルフォンス様はそれに答える代わりに、腕の中の私を優しく見下ろした。

「すまない、エルナ。これからかなり寒くなるが、少しだけ我慢してくれ」

 彼の言葉とともに、私たちを包む氷の球体はさらに密度を増し、猛然とその領土を広げ始めた。

 極大の熱量と絶対零度の冷気が激突し、周囲の空間が破壊されていく。

 爆発的に膨れ上がる水蒸気が石造りの柱を粉砕し、熱膨張と急冷を繰り返す大理石の床は、悲鳴を上げながら砂利のように砕け散った。

 凄まじい熱気の後、私は命を凍てつかせるような極限の冷気に包まれた。

 意識が遠のき、このまま凍死するのではないかという恐怖に襲われたが、その均衡はわずか数秒で破られた。

 轟音とともに、建物そのものが耐えきれず崩壊したのだ。

 だが、崩れ落ちる瓦礫が私に触れることはなかった。

 アルフォンス様の魔力がそれらすべてを力強く弾き飛ばし、私を鉄壁の守護の中に繋ぎ止めていた。

 嵐が過ぎ去り、静寂が戻る。

 そこは、もはや先ほどまでの広間ではなかった。

 室内の天井じゃなく、澄んだ朝の空が見えている。

 私はアルフォンス様の腕に抱かれたまま、宙に浮いていた。

 眼下を見下ろせば、そこには粉々に粉砕され、完全に解体された講堂の無残な残骸が広がっていて。

 そして、その瓦礫の山の上には、まるで一夜にして真冬が訪れたかのように、青白い霜が厚く降り積もっていた。

 親子喧嘩というにはあまりに度を越した破壊。由緒ある建物が一棟、跡形もなく消え去ってしまったのだった。

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