「君、くさいよ」イケメン上司に、銀杏拾いの秘密を暴かれました

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 都会の秋は、残酷なほどに美しい。

 オフィス街を彩る銀杏(いちょう)並木は、朝の光を浴びて黄金色に輝いている。

 だが、その足元には、優雅な景色を台無しにする「爆弾」が大量に転がっていた。

 私、紗枝(さえ)は、パリッとしたブラウスの襟を正し、隙のない「デキる女」の顔でその横を通り過ぎる。

 左手の薬指には、シンプルで上品な銀の指輪。

 もちろん、安物のシルバー製だ。

 これをはめて「愛妻家(嘘)の夫がいる既婚者」を演じることで、面倒な誘いや社内の人間関係をすべてシャットアウトしてきた。

 この指輪は、私を都会の荒波から守る盾なのである。

 だが、私の本性は、この盾の裏側に隠されている。

(……ああ、あそこに落ちているあの子、なんて立派な実なの。今夜、誰かに踏まれる前に助け出してあげたい……!)

 私の真の趣味。

 それは、落ちている銀杏を拾い、完璧に下処理して塩焼きにすること。

 昨夜、私は我慢できずに深夜の公園へ繰り出した。

 街灯の下、怪しい人影と思われないよう必死で拾い集めた宝石たちは、今、私のバッグの底にあるジップロックの中に鎮座している。

「おはよう、紗枝さん。今日も完璧な身なりだね」

 背後からかかった声に、心臓が跳ねた。

 振り返ると、そこには我が社の常務、桐生(きりゅう)蓮が立っていた。

 磨き上げられたプラチナ、あるいは「銀」そのもののような美しい髪。

 冷徹で、美しい瞳。

「……おはようございます、桐生常務」

 私は完璧な微笑みを返した。

 だが、その瞬間。

 運命の歯車が、最悪の方向へ回り出した。

 エレベーターの中は、私と常務の二人きりだった。

 密閉された、わずか数平米の空間。

 突然、桐生常務が鼻をピクリと動かした。

「……紗枝さん」

「はい、何でしょうか」

「……なんだか、この空間。異様な匂いがしないか?」

 血の気が引いた。

 バッグの中を確認する。

 まさか。

 昨夜、欲張って詰め込みすぎたせいで、ジップロックの封が甘くなっていたのか?

「……そうでしょうか? 誰かが香水でも溢したのでは……」

「いや、これは香水などという高尚なものではない。……もっとこう、野生的な、生命の危機を感じるような……」

 常務が、すい、と私の顔を覗き込んできた。

 至近距離で揺れる銀色の髪。

 眼鏡の奥の鋭い瞳が、私のバッグを射抜く。

「そのバッグ、何か入ってるのか?」

「ひ、機密事項です!」

「そうか。まあ、とにかく……。君、くさいよ」

「…………………」

 くさい。

 イケメン上司に、人生で最も言われたくない言葉を叩きつけられる。

 心の中の盾が、音を立てて砕け散った。

 だが、このまま引き下がるわけにはいかない。

 このまま「異臭OL」というレッテルを貼られるなんて、もはや社会的処刑と同じだ。

 とにかく事情を説明したらちょっとでもダメージを修復できるのかなと思って、私はまず面談を申請した。

「じょ、常務!別室でお話させてください。これは……その、機密に関わる重大な釈明が必要な事案なんです!」

 私のあまりの剣幕に、桐生常務はわずかに眉をひそめたが、

「……いいだろう。来なさい」

 と短く答えた。

 こうして、私たちは最上階の特別会議室で、二人きりになったのだった。

***

 最上階の特別会議室。

 私はデスクにバッグを置き、震える手でジップロックを取り出した。

 中には、茶色い果肉が潰れ、見るも無惨な姿になった銀杏たちが、その「芳醇すぎる香り」を放っている。

「……これを、拾ったのか。昨夜、公園で」

「…………はい」

 私はもう、すべてを諦めた。

「笑ってください。そうです、私は都会の女を気取った、ただの銀杏マニアです!これが私です、こんなやつ、ぜひクビにしてください!」

 自暴自棄になって叫んだ私に、桐生常務は……あろうことか、クスクスと笑い始めた。

「……面白いな。君のその完璧な仮面の裏が、まさかこんなに『くさい』ものだったとはな」

 常務は自ら給湯室へ行き、封筒と水、そして皿を持ってきた。

 彼は慣れた手つきで銀杏を封筒に入れ、電子レンジで加熱し始めた。

 パン、パンッ、と弾けるような音が響く。

「さあ、剥いてみろ。君が命がけで守った『本性』を」

 私は戸惑いながらも、熱々の銀杏の銀色の硬い殻を、指先で割った。

 パカッ、と現れたのは、翡翠色に輝く、艶やかな実。

「……どうぞ。一番いいやつです」

 差し出した実を、桐生常務は迷いなく口に放り込んだ。

「……旨い。なるほど、この味のために君はプライドを脱ぎ捨てたわけだ」

 常務は銀色の眼鏡を外し、私をじっと見つめた。

 その瞳は、いつもの冷徹さではなく、どこか熱っぽい光を帯びている。

「私はね、紗枝さん。嘘ばかりのこの街に飽きていたんだ。君のような、どこか臭くて、必死で、中身が詰まった人間が……ずっと、欲しかった」

「……えっ?」

 常務が、私の左手を掴んだ。

 彼は、私の指から安物のシルバーリングを、ゆっくりと抜き取った。

「こんな偽物の盾は、もう必要ない。……君のくさい本性は、僕がすべて買い取ろう」

「常務、な、何を……」

「契約だ。明日からは、僕が用意する本物の銀(プラチナ)をつけろ。……その代わり、二度と公園で銀杏は拾わせない。君が欲しければ、私が毎日、最高級の料亭の銀杏を食べさせてやる」

 これは、プロポーズなのか、それとも新手の監禁宣言なのか。

「だから……」

彼が、とどめを刺す。

「俺と付き合ってくれないか?」

そして私はただ、

「……はい」

と、答えるしかなかった。

 窓の外では、風に吹かれた銀杏の葉が、銀色の光を反射しながら舞い落ちている。

 私の盾は失われたけれど。

 銀杏の代わりに拾ったのは、銀髪のイケメン上司。

 私の秋の収穫は、予想外に『おいしい』結果となったのだった。

~fin~

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