浮気夫に、銀の弾丸を

🌙復讐 🌙サスペンス 🌙不倫 🌙ざまぁ 🌙損切り 🌙スカッとする 🌙バリキャリ

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「……似合ってるよ、美波。これは狼男を倒す唯一の武器、銀の弾丸(シルバーバレット)だ。僕を悪い誘惑から守ってくれる『魔除け』だよ」

 結婚記念日のディナー。

 夫の慎二は、至極甘い声でそう囁き、私の首に特注のペンダントをかけた。

 鈍く、けれど気高く光るスターリングシルバーの弾丸。

 私は鏡に映る自分と、その背後で満足そうに微笑む夫を見た。

 慎二は経営コンサルタントとして、そのルックスと口の巧さで世渡りをしてきた男だ。

 今日のネクタイも、私のペンダントに合わせたのか、上品なシルバーグレーで統一されている。

 だが、彼が私の髪を撫でるために顔を近づけた瞬間。

 私の鼻腔を、微かな、けれど確実な違和感が突き刺した。

(……サンダルウッドと、ムスク)

 私が愛用しているシトラス系の香水とは、対極にある香り。

 そして、慎二が普段使っているユニセックスなトワレとも違う。

 それは、女が男を「マーキング」する時に使う、重くて甘い夜の匂いだった。

「ありがとう、慎二。大切にするわ」

 私は微笑み、指先で銀の弾丸に触れた。

 投資の世界において、シルバーバレットとは「あらゆる問題を一撃で解決する特効薬」を指す。

 慎二は私を「魔除け」と呼んだ。

 けれど、本当にこの弾丸で射抜かれるべき「獣」は、誰なのか。

 私はその夜、資産運用会社で培った冷徹な分析を、開始することに決めた。

***

 翌日から、私は慎二という名の「投資案件」を徹底的にデューデリジェンス(資産査定)した。

 感情を動かしてはいけない。

 不倫の証拠を掴んで泣き叫ぶのは、時間と労力の無駄だ。

 プロの投資家は、損害が拡大する前に、損切りの準備を整える。

 慎二のスマホを覗くような真似はしない。

 もっと確実な足跡――数字を追った。

 共有財産の口座、

 彼の個人カードの利用明細、

 そして彼が経営する個人事務所の決算書。

「……見つけた」

 私の指が、タブレットの画面上で止まる。

 慎二は私の目を盗み、事務所の経費を架空のコンサル料として計上し、裏金を作っていた。

 その額、過去三年で三千万円。

 そしてその金は、ある一人の女性――彼のクライアントであるIT企業の女社長の口座へと、形を変えて流れていた。

 不倫。

 そして、横領に等しい資金洗浄。

 慎二は私という魔除けを隠れ蓑にして、裏で泥沼のマネーゲームを楽しんでいたわけだ。

 私は暗いリビングで、胸元の銀の弾丸を強く握りしめた。

 金属の冷たさが、私の決意を研ぎ澄ましていく。

 慎二は、この弾丸が自分に向くと露ほども思っていないだろう。

 彼は自分の市場価値を過信しすぎている。

「慎二。あなたの人生、全力でショート(空売り)させてもらうわ」

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 決行の日は、慎二の事務所設立五周年の記念パーティーだった。

 都内の高級ホテルの宴会場には、多くの取引先や業界人が集まっている。

 慎二はシルバーのネクタイを締め、壇上で華々しくスピーチをしていた。

 その隣には、不倫相手である女社長も、さも「良きビジネスパートナー」という顔をして座っている。

「……私の成功は、常に私を支えてくれた妻、美波のおかげです」

 慎二が私を指し、会場から拍手が沸き起こる。

 私は、首元で冷たく光る銀の弾丸に手を添えた。

 今から、この会場に流れるのは、事前に私が用意した『五周年の歩み』という名の、処刑用スライドショー。

「では、皆様。慎二のこれまでの軌跡を、こちらの映像でご覧ください!」

 私が合図を送ると、巨大なスクリーンが暗転する。

 次の瞬間、会場に響き渡ったのは、慎二の甘い声。

 ……ただし、仕事の話ではない。

『美波はただの置物だよ。あの銀の弾丸(ペンダント)だって、黙らせるための安い投資さ』

『君こそが僕の本命だ。事務所の金は、君の会社への投資という名目でいくらでも回せる』

 音声と共に、流れるようなスクロールで表示されるのは、慎二の裏金作りの証拠書類、そして二人がホテルから出てくる鮮明な写真の数々。

 会場の空気が、一瞬で凍りつく。

 壇上の慎二は、顔色を土気色に変え、ガタガタと震えていた。

 不倫相手の女社長も、顔を隠して逃げようとするが、入り口には既に私が手配した弁護士と、税務当局の調査員が待機していた。

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 私はゆっくりと壇上に上がり、立ち尽くす慎二の前に立った。

 彼は私の手首を掴もうとしたが、私はその手を冷たく振り払った。

「美波、これは……何かの間違いだ!合成だろ!だ、誰かにハメられたんだ!」

「間違いなのは、あなたのリスク管理能力よ、慎二」

 私は首元から、あの銀の弾丸のペンダントを引きちぎった。

 細いチェーンが、ぷつり、と小気味良い音を立てて切れる。

「あなたが言ったのよね。これは『獣を倒すための唯一の武器』だって」

 私は慎二の足元に、その銀の塊を投げ捨てた。

 カーペットの上で、弾丸は虚しく転がる。

「あなたが私の人生に巣食う『獣』だった。……だから、この弾丸でケリをつけさせてもらったわ」

 会場に、警備員と調査員が入り込む。

 慎二は、横領と脱税の疑いで連行されることになった。

 不倫の慰謝料なんて、彼がこれから失うものの数パーセントにも満たないだろう。

 私は、彼のキャリア、名声、資産――そのすべてを、最も価値が暴落するタイミングで叩き売ってやったのだ。

***

 パーティー会場を後にし、私は一人、冷たい夜風に吹かれながら歩いた。

 首元にはもう、あの重苦しい枷はない。

 ふと見上げると、冬の夜空に冴え冴えとした銀色の月が浮かんでいた。

 それは、慎二がくれた偽物の輝きとは違う、凛としていて、手が届かないほど高い場所にある本物の輝き。

(……損切り完了。明日からは、新しいポートフォリオを組まなくちゃ)

 私はスマホを取り出し、離婚届の提出を代行してくれる弁護士に短いメッセージを送った。

 足取りは軽い。

 私の人生を蝕んでいた毒は、今、完全に浄化された。

 銀色の月光を浴びながら、私は一度も後ろを振り返ることなく、都会の闇へと溶け込んでいった。

~fin~

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